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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)673号 判決 1998年2月10日

上告人 ルートロック・レンタリース株式会社

右代表者代表取締役 岩本ヒロコ

右訴訟代理人弁護士 奥村賢治

小川眞澄

山上東一郎

中村雅行

田仲美穗

被上告人 株式会社アプラス

右代表者代表取締役 石合正和

右訴訟代理人弁護士 西出紀彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人奥村賢治の上告理由について

一  民法三〇四条一項ただし書は、先取特権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要すると規定しているところ、同法三七二条がこの規定を抵当権に準用した趣旨は、抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから、右債権の債務者(以下「第三債務者」という。)は、その債権者である抵当不動産の所有者(以下「抵当権設定者」という。)に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれるおそれがあるため、差押えを物上代位権行使の要件とすることによって、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば、その効果を抵当権者にも対抗することができることとして、二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護しようとする点にあると解される。

右のような民法の趣旨目的に照らすと、同法三〇四条一項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が他に譲渡され、その譲渡について第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。

けだし、(一) 民法三〇四条一項の「払渡又ハ引渡」という用語は当然には債権譲渡を含むものとは解されない上、物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もないところ、(二) 物上代位の目的債権が譲渡された後に抵当権者が物上代位権に基づき目的債権の差押えをした場合において、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ、弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるのであるから、抵当権者に目的債権の譲渡後に物上代位権の行使を認めても第三債務者の利益が害されることとはならず、(三) 抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができ、(四) 対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができることとなり、この結果を容認することは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。

そして、以上の理は、物上代位による差押えの時点において債権譲渡に係る目的債権の弁済期が到来しているかどうかにかかわりなく、当てはまるものということができる。

二  本件において、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  大崎幸子及び大崎惠逸は、原判決別紙物件目録記載の本件不動産の共有者(持分各二分の一)である。

2  幸子及び惠逸と被上告人は、昭和六二年六月一日、本件不動産につき、株式会社太陽神戸銀行が幸子に貸し付けた一億一〇〇〇万円についての保証委託契約に基づく被上告人の幸子に対する事前求償権を被担保債権とする抵当権設定契約を締結し、同日、抵当権設定登記を経由した。

3  幸子及び惠逸は、平成元年一〇月三一日、各月の賃料の弁済期を前月末日と約して本件不動産を株式会社王将フードサービスに賃貸し、その平成六年六月分以降の賃料は月額一五七万円である。

4  上告人は、平成五年一一月一〇日、株式会社朝日電気工業所に対し六五〇〇万円を貸し付けた。幸子及び惠逸は、同日、朝日電気工業所の上告人に対する右債務を担保するため、王将フードサービスに対する本件不動産についての同年一二月分以降の賃料債権を上告人に対して譲渡し、同年一一月一三日到達の内容証明郵便により王将フードサービスに対して右の債権譲渡がされたことを通知した。

5  大阪地方裁判所は、平成六年一〇月一七日、抵当権者である被上告人の物上代位権に基づく申立てにより、本件不動産についての賃料債権のうち差押命令送達時に弁済期にある分以降一億一〇〇〇万円に満つるまでの部分を差し押さえる旨の差押命令を発し、右命令は同月一九日に王将フードサービスに送達された。

6  王将フードサービスは、本件不動産の平成六年一一月分から同七年六月分までの賃料を供託したので、大阪地方裁判所は、同年六月二六日、右供託金及び供託利息合計一二五八万一九八〇円から執行手続費用七七〇円を控除した一二五八万一二一〇円を弁済金として被上告人に交付した。

三  右事実関係によってみれば、上告人は、被上告人の抵当権設定登記後に賃料債権を譲り受けて対抗要件を具備した者であるから、右賃料債権に対する被上告人の物上代位権の行使につきその不許を求める本件第三者異議請求は、うち既に執行の終了した同七年六月分までの賃料債権に係る部分については、利益がないから訴えを却下すべきであり、翌七月分以降の賃料債権に係る部分については、右賃料債権が譲渡され、対抗要件が具備されたからといって、抵当権者である被上告人が自らこれを差し押さえて物上代位権を行使することができなくなるものではないというべきであるから請求を棄却すべきである。以上と同旨の原判決の結論は正当であり、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

上告代理人奥村賢治の上告理由

第一点 原判決には、将来の期間の賃料債権譲渡の効力について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある。

一 原判決は、「将来の期間の賃料債権を譲り受けた場合、譲渡契約時点では賃借当事者間においても未だ発生していないものであるから、支分債権である賃料債権が移転する時期は、期間経過により支分債権である賃料債権が賃貸人に対し現実に発生するのと同時に、債権発生後改めて譲渡手続を経ることを要せず、譲受人に移転すると解すべきである(対抗要件についても、期間経過により逐次支分債権が発生する都度、改めてその手続を経ることを必要としないと解される。)」と判示する。

二 しかし、支分債権たる賃料債権の譲渡は、弁済期到来によって生ずべき将来の支分権たる債権を譲受人に移転させるものであり、その移転時期は特約なき限り譲渡契約時点であると解すべきである。

将来の期間の賃料債権は、期間経過前であっても単なる期待権や条件付の権利ではなく、現在すでにその発生の基礎である法令関係が存在し、かつ期間経過ごとの賃料を目的とする内容の明確な権利が認められ、その譲渡性が考えられるのである。

これに対し、原判決が、支分債権たる賃料債権について、期間経過を条件に譲受人への譲渡時期を判断しているのは、基本権たる賃料債権に付随して成立する支分債権たる賃料債権の帰属の問題と支分債権たる賃料債権が具体的に発生する弁済期の問題とを混同し、民法四六六条一項本文の解釈を誤るものである。

三 また、仮に、原判決のごとく、支分債権たる賃料債権の移転時期を、期間経過によって具体的に債権が発生する時期だと解するとしても、債権譲渡の対抗力が生ずる時期は、対抗要件を具備した時(通知時に遡及する)とみるべきである。

1 この点、最高裁昭和五三年一二月二五日判決(判時九一六号二五頁)は、医療保険制度における診療担当医師の支払担当機関に対して取得すべき診療報酬債権の譲渡性が問題となった事案で、「毎月一定期日に一か月分ずつ一括してその支払がなされるものであり、その月々の支払額は、医師が通常の診療業務を継続している限り、一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるものである。したがって右債権は、将来生じうるものであっても、それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができるというべき」として、債権譲渡の通知完了後になされた債権差押え・取立命令に基づく取立請求を排斥している。

右最高裁判決は、将来発生する多数の債権であっても一括譲渡が可能であるとして、債権譲渡の対抗力が通知時に発生することを認めたものとみられる。

2 原判決は、賃料期間の経過時に譲渡通知の対抗力を考えるものであるが、債権発生と対抗要件具備の時期を一致させようとした結果、将来の債権を包括的に譲渡できることの意義を失わしめ、かつ、通知の時期につき将来の債権も現在において有効に譲渡の通知をなしうるとする大審院(大判昭和九年一二月二八日)以来の判例の立場とも適合せず、民法四六七条一項の解釈を誤るものである。

第二点 原判決には、物上代位の効力について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤り、判例違反の違法がある。

一 原判決は、「差押えによる関係的処分禁止の効力の具備と対抗要件を具備する債権譲渡が同時である」ことを前提に、その優劣関係を論じ、「実体法上の権利に優劣があればその順序、実体法上の権利に優劣がなければ、先に包括的な差押えあるいは対抗要件を講じた方(保全的機能を認めるべきである)が優先すると解すべきである。」と判示する。

二 差押えと債権譲渡の効力発生が同時であるとの原判決の前提自体に、法令解釈の誤りがある点(前記第一点三)はひとまずおく。

しかし、差押えと債権譲渡通知の同時到達により競合が発生する場合、最高裁平成五年三月三〇日判決(判時一四六二号八五頁)によれば、「差押債権者と債権譲受人との間では、互いに相手方に対して自己が優先的地位にある債権者であると主張することが許されない関係に立つ。」との立場が明らかにされており、実体法上の権利に優劣があるか否かを基準とする原判決は、論拠を示さないまま右最高裁判決を修正するものである。

三 更に、原判決は、実体法上、抵当権に基づく物上代位による差押えに優先権があるとし、その理由として、「抵当権者は担保不動産につき他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受ける権利を有するところ、その目的不動産の賃料に対し物上代位性を認める以上、その物上代位に基づく権利の行使は抵当権の内容である優先弁済権に由来する」ことを挙げている。

原判決の右法律上の判断には、次に述べるとおり、民法三〇四条一項但書の解釈適用を誤る違法、判例違反がある。

1 物上代位権行使のための差押えの時期は、物上代位の目的となる債権(以下「目的債権」という)の「払渡又ハ引渡」前とされており、「払渡又ハ引渡」以前とはされていないから、その文言解釈及び民法上の他の用例(民法八八七条二項)との対比からみて、「払渡又ハ引渡」と同時である場合を含まず、物上代位権行使の要件が充たされていない。

2 民法三〇四条一項但書が「差押」を要求する趣旨は、「第三債務者が金銭その他の物を債権者に払い渡し又は引き渡すことを禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、目的債権の特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあ」る(最高裁昭和六〇年七月一九日判決)。

そして、転付命令や債権譲渡がなされた場合には、同項但書の「払渡」に該当し、物上代位権の目的債権は債務者の責任財産から逸失するというのが、大審院(大判大正一二年四月七日)以来の判例であり、少なくとも、物上代位による差押えにつき、例外を認める判示はなされていない。

原判決の解釈は、「差押」が要求される趣旨のうち、優先権保全の公示機能を合理的根拠を示さないまま軽視した上、「抵当権の設定登記」による公示に置き換えて、債権譲渡との優先関係を論ずるに等しい。しかし、物上代位が抵当権の優先弁済権に由来するとしても、抵当権設定者の使用収益機能が全面的に停止するわけではなく、まして債権譲受人や転付命令を取得した第三者との関係で、物上代位による差押を直ちに優先させるべきことにはならないはずである。

以上の理由から、原判決は違法であり破棄されるべきものである。

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